文章訓練

何について考え、何について考えるのをやめるのか

この記事は、知識共有、主張、オチなどはありません。
個人的な文章訓練のために書いている記事になります。

書けるひとになる! ――魂の文章術 (扶桑社BOOKS)』という本を読んで、とにかく書きまくる文書訓練を実践していくことにしました。

「彼は何について考え、何について考えるのをやめたのか——」
「彼女は何について考え、何について考えるのをやめたのか——」

これはドラマ『雲の階段』に出てくる台詞だ。ドラマしか見ていないので、原作の方にも出てくるのかどうかは分からない。

このワードを自分の中でも反芻するときがある。

「私は何について考え、何について考えるのをやめたのか——」

ドラマでは物語の展開を予兆させるフレーズとして使用されていたから、自分の中のこのワードはちょっとニュアンスが違う。私が考えているのは文字通りの意味だ。1日で人間の思考力は有限である。睡眠でリセットはできるが、人間が1日でが考えられる総量は決まっている。日々の鍛錬などで考えられる量を引き上げることはできるかもしれないが、有限であることには変わりない。

だから自分は何について考え、何について考えるのをやめるのか、はっきりと自己認識しておけば、その日一日が有意義になると思っている。

有名な一例ととして、スティーブ・ジョブズやマッカー・ザッカーバーグは着る服については考えたくないなので、同じ服を何着も所有していてそれらを着回している。私も似たようなことをしている。同じ服はそれほど多くないが、同じカラーが複数あってほぼ毎日カラーの組み合わせは同じだ。これをやるとジョブズ気取りですか、お前はそんなたいそうな人間なのかと揶揄されそうだが、前述の通り思考力は有限なので成功者とは呼べない人間でもやっていいと思っている。そもそも成功者の行動を真似ることは、悪いことでも恥じることでもない。

その他にも時間を表現するときは、08:00とは言わないし言ってほしくない。午前なのか午後なのかわからないので、どちらだろう考えることが増える。20:00もしくは08:00 PMと表現するべきだ。

この考えをビジネスに落とし込んだものが、「結論から先に書け」とか、「課題を挙げるなら対応策の候補をいくつか用意しておけ」とかになるのだろうけど、今ここでしたいのはそんな話ではない。何気なくおくっている日常の中で垂れ流しになっている思考力を、認識してそれを防ぎたいということだ。

例えば食事にも応用できそうだ。1日に1回は食事を楽しみたいので、夕食は好きなもの何を食べようか考えていいとして、朝や昼の食事は栄養接種や自律神経を整えることだとするなら、ここもルーティーンにして何を食べるか固定してしまっていいのかも知れない。それ以外にも思い浮かぶ例は、以下のようなものだろうか。

  • 爪切りは週のこの時間にやる ⇒ 伸びてきたな、そろそろ切ろうかな、いつ切ろうかなと考えたくない
  • ボールペンなどの消耗品は愛用の製品を見つけておく ⇒ 製品選びに思考力を使いたくない
  • 水などの消費が確実なものは定期便にしておく ⇒ 製品選び、発注処理に時間を使いたくない

他にも色々ありそうなもんだが、今の私にはこれぐらいししか思い浮かばなかった。こういったものをものを積み増していき、限られた思考力を有意義に使いたい。無駄が省かれ潤沢な思考力があったとしても、自分に何ができるのか、何を生み出せるのか、それはまだわからないが。