ポエム

他者への敬意

自分がやっていることは誰でもできる。そう思っていた時期が自分にもありました。

仕事で自分がやっていることは、少し勉強すれば誰でもできる。そう思っていた時期がありました。これは別に謙遜していたわけでも自分を卑下していたわけでもありません。 ちゃんとした事実として認識していたつもりでした。

しかしエンジニア歴として15年を超えている今、この考えに至ることはありません。昔、自分がやっていることは誰でもできると思っていたのは、それはつまりその程度の仕事しかしていなかったということです。もしくはその程度の知識や経験しか持ち合わせていなかったということです。

今やっていることは局所的に見れば新し目の技術で、一年や二年学べば経験が浅い人でもできるかもしれません。だから自己肯定感は少なく、少しもやれば誰でもできると思ってしまうかもしれません。しかしその習得の速度、応用の利かせ方、またシステム全体で見た俯瞰的な目線からのその技術の使い方など、必ず経験がものを言うポイントは出てきます。この辺が自分にも身についてきたと、最近は実感しています。

慢心するなかれ

最近は若い人はもちろん同年代の人と仕事をしていても、知識の無さや技術の使い方の荒らさ、全体最適の俯瞰的な考え方の欠如など目につくようになってしまいました。どうやら自分も少しは成長しているようです。なのでこのような考えに至ってしまったのかもしれません。

しかしこれは喜ばしいことではありません。気を抜けば慢心を誘発し、努力を怠ることになり、自分の成長を放棄につながってしまいます。

またそう感じるのは、単に自分の周囲にハイレベルなエンジニアがいないだけです。ハイレベルはエンジニアの周りにはハイレベルが集まります。つまり自分はその領域達していないわけです。周りからは自分もまた低レベルなエンジニアと見られていることでしょう。

他者への敬意は忘れてはいけない

他者への敬意は忘れないようにしないといけません。エンジニアリングに費やしてきた時間や環境は、人によって違います。もしその人が例え仕事や技術力という観点で自分より劣ってはいても、チームとしての生産に必要な戦力であることには変わりはありません。

またその人が、別の仕事や技術、分野では自分を陵駕することも当然あります。もし普段から敬意を払わないでその人に接していたら、当然その時には自分がしっぺ返しを食らうことでしょう。これは、その時に自分が嫌な思いをするのを避けたいという思いから来る考えではありません。その時にその人と良好な関係を築けていることで、自分のパフォーマンスが上がることにも繋がるという考えから来ているものです。

こういったことを言うと、仕事のことしか考えないやつだと思われるかも知れませんが、パフォーマンスのことだけを考えているわけではありません。単純に他者を見下したり敵意をもった状態に居続けると、自身の幸福度は下がります。健康に以上を来すかもしれません。逆にいうと他者への敬意を忘れないことは、自身の幸福度向上や健康につながります。

だからいついかなる時も、どんな人に対しても、その人への敬意を忘れないようにしないといけません。