プログラミングと国語力、文章を書くスキルには強い結びつきがあります。
プログラミングに文章力が必要になる理由
台湾の天才エンジニア、オードリー・タンは著書『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』で、プログラミングは国語力、母国語を自由に扱える能力が必要と言っています。
私は、はじめてこれを聞いたとき、かなり衝撃を受けた記憶があります。ただ、今になって思えば本当にその通りだなと思います。
プログラミングには理系的な計算能力やアルゴリズムの閃きのようなものが必要とされる、というイメージが先行しています。しかし、実際の業務においては、そういったものはあまり要求されません。
実務のプログラミングにおいて必要なのは、前提や課題を読み解く読解力と、それをわかりやすいコードに落とし込む論理的思考力です。つまりは計算と言った数学的な知識よりは、国語力が必要とされます。
プログラミングに通ずる国語力
国語力と言っても、文学のような芸術的で難解な文章に共感できたり表現できたりというような能前は必要ありません。
プログラミングに必要とされる国語力は、読解力と文章力です。
読解力
読解力は、ビジネス的な文章が理解できれば十分です。AtCorderの問題は、本題から外れたことをごちゃごちゃ書いてあることがありますが、その文章と本題(解くべき内容)を紐付けられる程度の能力があればいいでしょう。
ビジネスでは時々、何が言いたいのかよくわからない長ったらしいメールやチケットに遭遇することがあります。しかし、これは別問題と捉えていいでしょう。こういった文章を理解するのに必要なのは国語力というよりは、何が言いたいのかを掘り起こす作業、コミュニケーション力です。
文章力
文章力は、汎用的な課題やその解決作をわかりやすく簡潔な文章で伝える能力です。
ビジネス全般で必要な能力ですが、プログラミングにも必要です。わかりやすい文章をスラスラ書ける人は、プログラミング能力も高い傾向があると見ていいでしょう。
極論ですが、slackなどで言っていることがわかりやすかったり、チケットなどの記載がわかりやすかったら、プログラミングも安心して任せられるということになります。そう考えるとコーディング以外の、こういったコミュニケーションツールを使う時やドキュメント作成するときなども適当にやってはいけないという戒めにもなります。
ブログをさらすという恐怖
文章力ですが、ブログを書くにも同じことが要求されます。ブログで必要なものは、難解な文章を書くことではありません。不特定多数の誰が読んでもわかる文章を書くことです。
そう考えると、プログラマーにとってはブログを書くことは恐怖の対象にもなります。わかりやすい文章を書けるのならいいですが、(このブログのように・・・?)何を言っているのかよくわからない駄文をさらし続けているなら、それは自分はプログラマーとしては無能ですよと公言している行為に等しいことになります。
時間を費やしアウトプットしているのに、それが逆に自らを無能と証明しているだけなら、空しすぎるという他ありません。。
